特別対談(NYKレポート2022) 
ゴールドマン・サックス証券 X 日本郵船

ESG経営で見えてきた企業文化の進化(抜粋版)

「NYKグループESGストーリー」の発表から1年が経過した今、日本郵船グループでは部門横断的にESG統合思考が本格的に浸透し、「経済性」と「ESG」のモノサシを両立する事例も芽吹くなど、ESG経営の土台を作る段階から、事業化・商業化のステージへと進化しようとしています。社内ではどういった変化が見え始めてきたのか。ESGを経営の中心に据えるという強い意志で活動を推進する社長の長澤と、当社のESG経営推進委員会のアドバイザーであるゴールドマン・サックス証券(株)業務推進部長の清水氏が、ESG経営のこれまでを振り返りながら、これからの道筋について意見を交わしました。

当社グループのESG経営元年を振り返って

長澤

未来にわたって当社グループがお客さまや社会から選ばれる企業グループであり続けるため、ESGを経営の中心に据えるという方向性を明確に打ち出し、「NYKグループESGストーリー」を策定したのが2021年のことです。私は清水さんの講演がきっかけで、CO2の大量排出に何の懸念も抱かず、またガバナンスが脆弱で不祥事を多数起こすような企業は信頼を損ない、早晩、淘汰されるという強い危機感を覚えました。将来の成長に期待して投資する投資家からすれば、そのような企業は投資不適格な存在であり、時価総額も小さくなります。企業価値を計る指標の一つが時価総額だとすると、ESG経営なしでは企業価値の向上とは真逆の道へ進むことになると思ったのです。

清水

投資家はさまざまな角度から将来を予見し、企業価値を算定することが仕事。日本郵船グループのようなエネルギー・社会インフラを支える産業は、安定供給という事業特性を踏まえると、どうしても現在の延長線で事業を考える傾向があり、未来のありたい姿からバックキャストして考えることが難しいというのはよく理解できます。
ESG経営を進める上で忘れてはならないのは、答えは個々人や現場にこそあるということです。一人ひとりがESG視点で物事を捉え直し、周囲と議論する。試行錯誤しながら業務を進化させてみる。ポイントは目の前のコストに萎縮しないこと。ESGはコストではなく未来への投資です。将来のリターンをESGの文脈をもって説明できるかが重要です。そしてその文脈から紡ぎ出されるストーリーが、現場から上司や経営層に徐々に届くことで、企業としてのESGストーリーはますます洗練される。繰り返し磨かれ、進化するストーリーこそ理想であり、日本郵船グループが目指すべき企業文化ではないでしょうか。また、収益だけでなく、収益化の過程に日本郵船グループが志向するフィロソフィーが備わっているか、可視化しにくいところほどしっかりと評価できる企業こそ、この先も持続的に成長し続ける存在だと言えるでしょう。

長澤

私は社員やグループ会社の皆さんにESG経営をよくある単なる標語や働き掛けのように受け止められてしまうのは絶対に避けたかった。
地球全体の課題である気候変動問題に知恵と行動で貢献すればするほど、企業価値が高まっていくのは明らかです。もしかすると、資本市場と企業の間には企業価値について認識のギャップがあるのかもしれませんが、投資家と経営者は表裏一体です。
当社グループの在り方に共感してくれるステークホルダーとともに、社会から選ばれる企業グループであり続けたいと本気で思うからこそ、投資家にとっても魅力ある、すなわち2050年やその先の未来においても投資する価値のある企業グループだと理解してもらう努力が不可欠です。ESG経営による進化を結果で示しながら、この先も、良いことも悪いことも含めて誠実に対話を重ねていく考えです。

これからのESG経営~ESGストーリー2022で示す課題と道筋~

長澤

NYKグループESGストーリーのアップデート版として、2022年3月に「NYKグ ループESGストーリー2022」を策定・発表しました。注目ポイントは、2050年のありたい姿からバックキャストしたロードマップと、その道中にある次期中期経営計画です。過去2年間で大きく改善した財務基盤を次の成長にどう活かしていくのか、投資家や株主は注視しているのではないかと思います。今般、2050年までに4.8兆円の投資を実行していくと発表しました。当社グループが最も重視する安全や、将来の成長ドライバーである人材にも積極的に投資していく予定です。

清水

「NYKグループESGストーリー2022」では、ESG経営推進基盤強化の旗印としてESG Navigatorが紹介されました。ESG経営元年の2021年は、70人以上にもなるこのESG Navigatorが、縦横無尽に動き回り、「ESG」のモノサシの浸透・定着に大きく貢献した1年だったと見ています。グループ会社でもESGストーリーを策定する動きが活発ですが、親会社は関与せず、グループ各社が頭をひねりながらストーリー立案に取り組んでいることは、グループ経営として非常に良い事例です。2年目となる2022年は、ESG経営のベストプラクティスを他部門やグループ会社へと拡張させていくフェーズに入ると思います。このフェーズでは、効果的な評価制度によって、より早く広く拡張していくと考えます。

長澤

評価制度については検討を重ねています。先んじて、役員報酬制度を改定し、業績連動型株式報酬にESG視点の評価を反映する仕組みを導入しました。報酬体系が変更となった役員の意識や行動が変われば、部下にも良い影響が出てくると期待しています。ESGのうち、E(環境)ばかりに目が行きがちですが、S(社会)への意識として、部下にしっかりと向き合い、寄り添い、時に愛情を持って叱ることもできる、人間性の優れた人材かどうか見ることで、企業文化をもっとよりよく進化させたいと考えていますし、人権への取り組みも強化していきます。

清水

まさに、西郷隆盛の「功ある者には禄(給与)を与えよ、徳ある者には地位を与えよ」そのものですね。どんな評価に基づいて誰を管理職に抜擢するかで企業経営の質は大きく変わります。試験に加えて、エンゲージメントスコアを一緒に活用することで、管理職候補者の面接時だけでは測れない日常の人間力を知ることにきっと役立つのではないでしょうか。
一つ課題として言うならば、ストーリーが弱い印象の女性活躍推進についてです。目標とする数値を出したのはいいのですが、その数値が日本郵船グループの企業価値にどう影響するのか、納得感のある理由とともに、より骨太のストーリーを描くべきです。単なる「数合わせ」で終わってしまうようなことは避けてほしいと思います。また、ESG経営を標榜する他社と比べて、日本郵船グループはESG経営が現場により深く浸透していると感じていますが、逆に社外への発信がまだ不十分だと感じます。見かけは良くても中身が伴っていない企業もある中、ぜひ積極的に発信していくべきです。
2022年は、部門間・社員間の触媒として、現場での活発な議論を誘い、より優れたストーリーが経営層にいくつも届くような、実に前向きで力強い企業文化の醸成に寄与したいと考えています。

長澤

2022年中に実施する予定の全世界のグループ社員を対象としたエンゲージメントサーベイの結果を分析・活用して、さまざまなものが見えてくると期待しています。女性活躍推進については、私自身の中でももう一度課題点を掘り下げ、ストーリーを練り直していきたいと思います。清水さんには、私たちの進む方向が間違っていないか、引き続き資本市場の目線から厳しいチェックをお願いします。そして足りない部分があれば忌憚のないご意見をいただき、改善に向けた手立てを一緒に考えていきたいと思います。

(2022年5月取材)