16

船員の声が、
MarCoPayの源泉

急速に歩みを進めるMarCoPay

世界の外航船員のうち4人に1人がフィリピン人といわれ、その数は約35万人にものぼる。MarCoPay Inc.※1(以下、MarCoPay社)は、フィリピン人船員やその家族、関係者が抱える課題を解決し、彼らの幸せな生活を支援することを目指して2019年にフィリピンで設立された。同社は2021年、全フィリピン人船員に対するサービス提供を目指し、電子通貨を基軸としたサービスプラットフォーム「MarCoPay(マルコペイ)」を展開。現在は給与支給や送金・為替機能に加え、各種融資や保険を紹介する機能を提供している。

事業の開始からおよそ3年が経過する中、MarCoPayは着実にサービスを確立してきた。その結果、ユーザー数も大きく伸びてきている。フィリピン国内にある約350社の船員派遣会社のうち、2024年6月現在で約14%にあたる50社がMarCoPayのサービスを導入。さらに導入先の会社に所属する船員のおよそ99.6%が、自主的にMarCoPayの電子通貨給与サービスでの給与受領を選択している。

MarCoPay社設立当初からCSO(Chief Sales Officer)として企画・営業での統括を担い、2021年からは融資・保険・資産形成・その他サービスにおけるMarCoPayグループの会社経営でCEOも務める竹中は、MarCoPayのサービスを向上させる上で大切にしていることがあるという。「私たちのサービスは、すべて船員や船会社の声で成り立っていると言っても過言ではありません。これまで400社を超える船主・船舶管理会社・船員派遣会社と面談し、船員のみなさんには継続して毎週複数回のアンケートを行っています。サービスを販売することはもちろん大切なことですが、それ以上に私たちが大切にしていることは、実際にMarCoPayを使う船員に満足してもらえる機能を実装することです。そのためにも課題を起点にして、サービスの開発と改善につなげています」。

MarCoPay社は設立当初から常に船員のニーズにアンテナを張り、何が求められているのか、その声を拾い続けているのだ。

新たな着眼点は、現場の生の声から

船員をはじめとするステークホルダーからの生の声を大切にしてきた竹中は、そのおかげで生まれた共創事例について述べた。「創業時からの文化で、挑戦と共創による進化・成長の実現を掲げていたため、他社とのコラボレーションにも積極的に取り組んできました。そんな中、日本郵船(株)のグループ会社経由で(株)クボタのフィリピン子会社Kubota Philippines, Inc.(以下、KPI社)の経営者とお話しする機会をいただき、『OFW(Overseas Filipino Worker)※2は農業分野に積極投資を行っていて、その中でも船員は高い割合を示しているのではないか』という仮説を聞きました。1年の半分以上を海上で生活している船員が農業を営んでいるなんて、正直半信半疑でした」と当時の率直な気持ちを打ち明けた。竹中はその後、フィリピン人船員と農業の実態を調査すべくアンケートを実施。「回答数は瞬く間に1,000件を超え、最終的な集計では約3割の船員が自身で農地を所有し、農業を営んでいるという結果でした。融資や資産形成などに思考が向きがちで、潜在ニーズに農業があったとは、思いもよらなかったです」と続ける。他社の声に耳を傾け、船員の声を拾い上げることで、新たな着眼点に到達した。

アンケート結果を受け、MCP Innovations, Inc.は2023年10月、KPI社と正式な業務提携を締結。MarCoPayのアプリ上で各種農業機械やディーラーを紹介したところ、毎月700件にものぼる問い合わせがあるという。「ご自身で使う方や、農家を営むご高齢のお父さまのために購入する方など、その問い合わせの背景はさまざまでした。アンケート結果は、正しく船員の実態を反映したものだったと感じています」。竹中をはじめ社員全員が、アンケートで潜在ニーズを拾い上げることの重要性を再認識した事例でもあった。

KPI社との広告提携開始後、継続してアンケートを続ける中でフィリピン人船員の農業における3つの課題「人手不足」「キャッシュ不足」「売り場不足」もわかってきた。人手とキャッシュの不足は既に展開しているサービスでカバーできつつあるが、売り場不足については現在社内で構想を練っているという。「例えば、船員を養成する研修施設、船員学校、さらには船員が乗船する船に対して、船員が育てた農作物の販売ができれば、船員が所属するコミュニティの中での好循環が生まれるのでは、というアイデアが出ています。彼らのために私たちができることは何か、アンケートを重ねながら社員一丸となって実装を目指しています」。

日常にMarCoPayを

MarCoPayのサービスを説明するため、竹中や社員が、船員や船員派遣会社のもとに直接出向く機会が数多くある。竹中は現在、社内で“Why MarCoPay”を掲げて議論・仮説構築を展開しており、最終的に“Why not MarCoPay?”の世界を目指していくという。「社員には常々、売り込むのではなく、なぜMarCoPayなのか、その説明を続けること、説得するのではなく相手の話や懸念点をよく聞くように伝えています」と話し、その理由を「MarCoPayのサービスに対して、安全性や使用感を疑問視する方も一定数います。船員の大切な給与を扱うのですから、当然のことです。だからこそ、彼らが何に心理的なハードルを感じているのか、聞き出すことが必要だと考えています。サービスを売り込むことや、彼らを説得することは、彼らの声をないがしろにすることと同義です。私たちは、彼らの声に耳を傾け、私たちのサービスが安全・安心であることを真摯な姿勢で説明しています」と続ける。実際フィリピン国内では、現金の盗難や、金融サービスにおけるセキュリティの脆弱性が問題視されている。フィリピン人船員たちにとって、安全・安心の担保は必須条件である。

竹中がWhyの次に目指すWhy notとは何か。「船員と直接対話ができる船員派遣会社の船員集会に招かれることもあります。そこでMarCoPayの利用に強く反対している船員がいました。ところがその次の機会に同じ船員から、『MarCoPayを使って給与を受け取ってみたらすごくよかった。今では自分がMarCoPayのプロモーターだよ』と、笑顔で声をかけられました」と話す。なぜMarCoPayを使うのか。それが船員たち同士の間で当たり前になった先に目指すのが“Why not MarCoPay?”の世界だ。「なぜMarCoPayを使っていないの?と言われるくらい、船員やその家族の日常にMarCoPayが浸透することを目指します」。

MarCoPayの可能性は無限大

船員から生の声を聞き、サービスを説明し、懸念に耳を傾け続け、開発と改善を繰り返していくのは体力的にも精神的にもかなりのスタミナが必要だ。多いとはいえない社員数で、社内一丸となってこのプロジェクトに取り組んでいける原動力は何か。「会社では活気ある環境づくりに力を入れています。例えば、社員自身が主体的にプロジェクトに参画できるよう、全部署でそれぞれチャレンジすることを推奨しています。何が提案されても話を聞く。100%ではなくていい、40%でもいいからまずはアイデアを出してみて、と。現場のアイデアに、自分の異なる視点での見解や経験を加え、超高速PDCAサイクルの中で、サービスの輪郭を早期に作り、導入することで、社員や駐在員には自分の力でやり遂げたという達成感・成功体験を味わってほしいです。会社の全体最適の中で、アイデアに対してリスクを抑えるコメントをすることもあれば、さらにリスクを取ることを促すこともあります」。

社内には船員や船会社から、MarCoPayを使ってよかった、生活が変わった、という喜びのフィードバックが寄せられる。竹中は、「もちろん私も嬉しいですが、それを聞いた社員たちが本当に良い表情をする。彼らがこの仕事に誇りを持ってやりがいを感じてくれることが僕の最大の喜びです。また、良いサービスを届けることで、これまでお世話になった一つひとつの船主、船舶管理会社、船員派遣会社、その他パートナー会社の方々に少しでも恩返しをしたいです」と続けた。

MarCoPayのサービスの成長の裏には、船員をはじめ、船舶管理会社、船員派遣会社、パートナー企業などから寄せられたさまざまな声があり、それを基にサービスを形作る社員がいる。今後はフィリピン以外の国の船員や、船員以外のフィリピン人に対するサービス展開も視野に入っているという。耳を傾ければ、その先にある声の数だけ、成長の余地がある。その意味では、まだ想像すらできないようなワクワクするサービスが生まれる日も、そう遠くはないのかもしれない。

インタビュー 2024年6月21日

  • ※1 MarCoPay Inc.
    2019年7月に設立。「MarCoPay」の名称は“Maritime Community”に由来する
  • ※2 OFW(Overseas Filipino Worker)
    海外で働くフィリピン人を指す
All Stories