あらゆる面から安全運航の追求を続ける
日本郵船グループは、「安全なくして信頼なし。信頼なくしてビジネスなし。」という考えの下、時間や手間を惜しまず安全運航の徹底に注力してきた。モノ運びを中心とした日本郵船グループのビジネスにおいて、ひとたび重大な事故が起これば人命が脅かされ、貨物を毀損する可能性がある上に、環境に与える影響は計り知れない。
あらゆる面から安全運航の追求を続ける日本郵船グループでは2001年に、社長を委員長とする「安全・環境対策推進委員会」を設置。国内外の海上・陸上の関係者が一丸となって安全・環境に関する活動を推進し、安全推進体制を整えている。また、安全推進の取り組みを日本郵船グループの企業文化として定着させ、より一層の安全活動を推進するために、毎年、夏季・冬季の2回、安全推進キャンペーンを展開している。
事故の教訓を語り継ぐ
1997年7月2日午前10時4分、日本郵船(株)が運航する原油タンカー「ダイヤモンド・グレース」が東京湾の中ノ瀬西端の浅瀬に接触し、船底に生じた亀裂から原油約1,550キロリットルが海に流出した。この事故により、安全運航は最優先すべき社会的責任であることを再認識した日本郵船は、事故を教訓として語り継ぐため25年以上にわたり、毎年夏に安全推進キャンペーン「Remember Naka-no-Se」を続けている。
本キャンペーンでは経営トップをはじめ、役員、社員が船舶を訪問するほか、国内外の船主と船舶管理会社を対象にした「NYKフリート安全推進会議」や「社長・船機長懇談会」を実施。海陸の関係者が意見交換を行い、相互理解を深める機会を設けている。2023年は計263隻にのべ565人が訪船し、2024年にはさらなる安全意識の向上を図るべく、国内中心だった訪船活動をグローバルに広げる予定で、対面訪船人数も増加する見込みだ。
ここまでグループ会社全体で安全運航のための対策に取り組む海運会社は世界でも珍しいと、海務グループ安全チームの近藤は言う。「深刻な事故があると、経営会議で社長に報告されます。その中でも大きな事案は安全・環境対策推進委員会でも共有され、翌年のキャンペーンで各運航船に展開し、場合によっては活動目標に組み入れることもあります。社長も常々、『安全は当社グループ経営の一丁目一番地』と発信していますが、まさにグループ会社全体で安全を推進するための体制が整えられていることを感じます」。
本キャンペーンではその時々に応じたテーマを設定する。2024年度は当年に発生した「異常気象による海難」を含む3つの事例を取り上げた。海務グループ安全チームの後明は、「近年の異常気象により、想定以上の突風が発生し、陸上側も本船側もしっかりと対応していたにもかかわらず事故に至ってしまいました。今後も異常気象による予期せぬ事態が起こり得ることを含め、今回の事例を共有することで注意喚起につなげたいと考えています」と、2024年度のキャンペーンのポイントを語る。
訓練と情報共有で想定外の事態に対応する
2024年、日本郵船が運航する自動車専用船が突風にあおられ、反対側の岸壁に係留中の船舶と接触する事故が起きた。洋上での待機中に起こる「走錨」事故とは異なり、着岸中に起きた事故だ。箱型で、海面からの高さが約40メートル、全長は約200メートルにもなる自動車専用船は、風の影響を強く受ける。しかし本件のように岸壁から引き離されるような事故は耳にしたことがないと、陸側での対応にあたった自動車輸送品質グループ輸送品質チーム長の浅野は振り返る。
前例がない事態に現場はどう対応したのか。「事故現場となった港は強風が吹くことがあり、事故当時も強風予報が出ていたので乗組員も警戒していました。船長は予報を見て突風が吹くことを想定し、事前に荷役を中断し、パイロット、タグボートの手配をして備えており、船が流された瞬間に現場の判断でタグボート4隻を呼び、本船を押し戻そうとしました。しかし、それすら跳ね返す予想以上の突風が吹き、結果として反対側の岸壁まで流されました」。不幸中の幸いだったのは、怪我人も出ず、運搬していた自動車へのダメージもなかったことだ。現場の事前準備や即時判断がなければ人的被害や貨物の毀損も発生しかねない状況下で、被害を最小限に抑えられたのは現場の備えと判断のたまものと言える。
海上輸送に従事する船舶では国際ルールに則り、年間を通して火災や浸水、衝突、荒天に遭遇した場合の訓練を実施する。また日本郵船グループでは事故速報を周知する「CASUALTY REPORT」、事故・トラブルの予防指針を伝える「SAFETY BULLETIN」、機関系情報に特化した「MARINE ENGINEERING INFORMATION」、保安情報に関する「SECURITY INFORMATION」など、即応性に配慮した情報配信により、安全推進活動のさらなる強化に努めている。
「今回のような想定外の事態でも、安全対策の基礎を応用・発展させることで機敏に対応できたのではないかと思います」と後明は分析する。
現場を知ることが、将来的な安全へとつながる
安全推進キャンペーンにおける訪船活動では、陸上から船の運航に携わるオペレーションや営業部署のスタッフを中心に、より多くの人に訪船してもらえるよう、安全チームが調整している。近藤は、「陸上で働いていると、船の事故を画面上の出来事と認識しがちですが、実際に訪船してもらうことで、現場で起きていることを体感してもらえる機会になります。訪船活動を通じてグループ社員へ安全意識を浸透させていくことの大切さを感じています」と、訪船活動の意義を説明する。後明も、「ビジネスである以上利益も大切ですが、安全運航が最優先です。訪船活動は、乗組員にとっては自身の行動や判断において何よりも安全を優先する意識を持つことをリマインドする機会であり、陸上社員にとっては乗組員とFace to Faceのコミュニケーションを通して、現場が実際に直面している安全に対する課題やニーズを知る機会にもなります」と話す。
訪船によるFace to Faceのコミュニケーションにより、お互いに意見を伝えやすくなり、船陸間で円滑なコミュニケーションにつながるとのフィードバックも多い。現場との距離と縮め、円滑なコミュニケーションをとることも安全運航にはとても大切だと、浅野、近藤、後明は口をそろえる。また、船員が陸上勤務を経験することで、海上・陸上それぞれにおける役割を、身をもって理解できるとも言う。
浅野は、「海上勤務は文字通り海上で起こっていることに全力で対処します。その際、陸上側がおかしな指示を出してしまうと、余計な混乱を生むこととなります。陸上勤務を経て、陸上には陸上の役割があり、事故発生時に何ができるのか、海上勤務の状況を想像して考えることができています」と話す。
「安全」は競争力向上の源泉
ダイヤモンド・グレース座礁事故を風化させないために始まった、夏の安全推進キャンペーン「Remember Naka-no-Se」は、日本郵船グループで海難事故を語り継ぐだけでなく、自社、グループ会社、そしてパートナー会社にも安全意識を浸透させる重要な活動となっている。現場との距離感を縮め、仕事を円滑に進めることにつながっていることも踏まえれば、「安全」は日本郵船グループの競争力向上の源泉と言えるだろう。安全活動に終わりはない。真摯に取り組み続ける風土がある限り、日本郵船グループはこの先も社会から必要とされ、一目置かれる存在であり続けるだろう。
インタビュー 2024年7月5日