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サプライチェーン全体を広く見渡し、
共創によるESG経営の実装へ

自分たちらしいESGストーリー

2030年までに、物流資材を含めた廃棄物とGHG(温室効果ガス)排出量を実質ゼロにするネット・ゼロエミッションサービスの提供を開始。2050年までには、お客さまへ提供する全サービスをネット・ゼロエミッション化。これらは日本郵船グループの中核会社の一つである郵船ロジスティクス(株)(以下、YL)が掲げる、YLグループの環境目標だ。YLグループはこの環境目標の達成に向け、「郵船ロジスティクスグループESGストーリー」を2022年4月に発表した。2021年2月に発表された日本郵船(株)の「NYKグループESGストーリー」を踏まえた、意欲的な内容となっている。

ESGストーリー策定の動きは2021年に始まった。世界中で脱炭素化の気運が高まる中、折しもYLグループは環境課題や社会課題に強い関心を持つ海外の取引先から、自社のサステナビリティへの取り組みについてより透明性の高い開示をするよう迫られていた。プレッシャーが日に日に高まるのを感じる中、当時先行してサステナビリティへの取り組みを推進していた日本郵船の協力の下、SDGsとESGに関して外部講師を招いた講演会をYLの社内で開催することとなった。コーポレートサステナビリティグループ(以下、CSG)の吉田は、今でこそYLグループのサステナビリティへの取り組みをけん引する存在だが、実はこの講演会の企画に携わった際に初めてSDGsという言葉を知ったという。YLグループのサステナビリティは、ここから始まったのである。

「講演会から約半年後には、ESGストーリーの策定に向けてワーキンググループが立ち上がりました。当時は今のような専門的な組織はなく、E、S、Gそれぞれの部署から担当者が出て対応しました。その時点で社会的な取り組みやガバナンスについて対応できていると自負していましたが、環境面での取り組みについては、お世辞にも先進的だとは言えず、どこから手を付けるか悩みました」と、吉田は率直に振り返る。ESG経営を先行して推進していた日本郵船の担当者から知見やノウハウを学ぶとともに、同社グループのESGストーリーを参考にしながら、自分たちらしいストーリー、そして表現になるよう奮闘したという。吉田は続けて、「ESGストーリーの発表と時期を同じくして、CSGが発足しました。本当に小さな組織としてスタートしましたが、今では倍以上の規模になり、YLグループの中でも特に重要な部門の一つになりつつあると感じています」と語る。決して背伸びをするわけでもなく、それでいてサステナビリティに本気で取り組むYLグループの姿勢がうかがえる。

サステナビリティの浸透と実装に向けて

YLグループはフォワーディング(海上・航空貨物輸送)と、在庫管理・流通加工などを一括で請け負うコントラクト・ロジスティクス、サプライチェーン・ソリューションを事業の柱とし、サプライチェーンにおけるロジスティクスパートナーとして広範なサービスを提供している。日本郵船グループの中で最大規模である25,000人の従業員数を誇り、展開する国と地域は46、拠点数は650カ所にも上る。

多様な人材が世界中で活躍するYLグループ内でサステナビリティを浸透させ、実装に結び付けるためにはどうすればよいか。「サステナビリティについてCSGで資料を作ってYLグループ内にお知らせするだけでは浸透は難しいと考えました。どうやったら見て、理解してもらえるのか話し合い、動画制作を発案しました。さらに、動画を従業員全員が受講するe-ラーニングに盛り込み、確実に視聴してもらう仕組みを整えました」と吉田は説明する。動画は日本語と英語で制作した上で、15言語の字幕に対応させた。

環境課題・社会課題の知識や意識は、国・地域によって差があるのが実態だ。CSGで吉田とともにサステナビリティ浸透に取り組むセドリックは、「私たちの重要な役割の一つは、全従業員にサステナビリティに関する知識を適切なレベルで提供し、持続可能な社会の実現に向けた道のりを共に歩んでもらうことです」と話す。サステナビリティに取り組む理由を従業員に聞いても、「地球温暖化防止のため」や「お客さまからの要請」など、属する国や地域によってその答えはまちまちだ。吉田は、「日本やアジア圏の従業員には世界水準に慣れる必要があると伝えています」と言う。「全従業員にYLグループで働くことに誇りを持ってもらいたい。一種の挑戦ではありますが、同時に楽しいことでもあります」と続け、日本と世界、特にサステナビリティに対する意識が高い欧州との違いを認めつつそのギャップを埋め、全従業員のエンゲージメントを高めることへのやりがいを口にする。

e-ラーニングを通して「ESG」「サステナビリティ」という言葉とその意味への理解が、着実に浸透してきていると言える事例がある。YLグループの各事業会社を巻き込んで推進した、脱炭素プロジェクトだ。各社でのGHG排出量(Scope※11+2)削減を目的とするそのプロジェクトには、100人以上のグループ従業員が積極的に参加。ソーラーパネルの設置によって社内の電力を太陽光発電に変えたり、EVや水素燃料トラックに投資したりと、300を超える削減アイデアが生まれた。

セドリックはプロジェクト開始当時をこう語る。「外部の専門家の意見も取り入れながら始動させましたが、実行段階においてはトップダウンではなく、ボトムアップで進めていくことを徹底しました。e-ラーニングを通じて学んでいた持続可能な社会づくりに貢献できる、という理由で参加者のモチベーションは非常に高く、みんな喜んでプロジェクトに参加してくれました」。GHG排出量削減の重要性を参加者一人ひとりが理解していたことが、グループ内での具体的な取り組みにつながったと同時に、参加者のエンゲージメント向上にも寄与した。

ネット・ゼロエミッションへの挑戦

広範なサービスを提供するYLグループでは、自社事業の活動に関連するその他のGHG間接排出(Scope3)が、GHG排出量全体の大部分を占めている。自社事業で直接排出するGHGを削減するだけでは、決してYLグループの環境への貢献は十分ではない。

YLグループではESGストーリー発表前の2021年から、GHGの実質排出量を削減できる持続可能な航空燃料(SAF※2)の利用促進プログラムに参加し、2022年3月には、4月からの海上輸送でのカーボンオフセットサービス開始を発表。輸送を中心に、ネット・ゼロエミッションサービスを提供してきた。現在はデジタル技術を駆使したソリューションを構築しており、2030年までに調達、生産、販売、消費・利用、廃棄・返却というお客さまのサプライチェーン全体を網羅したネット・ゼロエミッションサービスの提供を開始する。さらに2050年までの環境目標に合わせたロードマップとして、自社の倉庫、車両、事務所などで生じるGHG排出量と、提供するサービスから生じるGHG排出量を可視化し、取引先とともに年間削減計画を策定、実行していく予定だ。

「空」での挑戦

事業の一つである航空貨物輸送においても、精力的に取り組みを加速させている。2022年には、アジアのフォワーダーとして初めて、ユナイテッド航空のSAF利用促進プログラムに参画し、2023年4月にはSAFを利用した輸送サービス「Yusen Book-and-Claim」の提供を開始した。「Yusen Book-and-Claim」は、お客さまがYLとSAFの利用契約を締結することで、YLが保有するSAF割当量を使用することができるサービスだ。2024年1月にはSAFの利用によるGHG排出量削減証明書の提供を開始するなど、Scope3の排出量削減に大きく貢献している。

しかし順調に見える道のりも、実は試行錯誤の連続だった。サービスの立ち上げに携わったトレードマネジメント&プロキュアメントチームのケビンは、これまでを振り返り次のように語る。「SAFに関するリサーチを始めた2020年ごろは全てが手探りでした。業界内には何らかのソリューションがあるということは知っていましたが、公表されている資料がなかったため、私たちはあちこちから情報を探さなくてはならず、SNSまで見て回ったほどでした。調べたことをつなぎ合わせて、外部の意見も取り入れ、なんとかサービスを作り上げたのです」。

また、脱炭素化にはお客さまの理解も不可欠だ。そこでケビンは営業担当者に協力を求め、お客さまに提供するソリューションの説明資料や提案書を準備した。加えてe-ラーニングを通じた啓発活動を活用し、SAFについての知識を広め、社内での理解を促進した。こうした努力が実り、20社以上の主要なお客さまに新サービスについて紹介し、数社とは既に契約締結に至っている。またさらなる施策として、航空貨物輸送におけるGHG排出量の可視化にも取り組む。「営業担当者と協力してお客さまに丁寧に説明し、理解を得ながらこれらのサービスをもっと広く売り込んでいきたい」とケビンの意欲は尽きない。

従業員一人ひとりに向けたサステナビリティ浸透の取り組みと、各事業におけるサステナビリティの実装。それぞれが2050年の環境目標達成のために欠かせないピースとして、着実に歩みを進めている。

急速に広がる共創の取り組み

YLグループの環境目標を達成するためには、Scope3削減に、お客さまとともに取り組むことが不可欠だ。脱炭素化が喫緊の課題である今、YLグループだけでなくお客さまも、他のステークホルダーの協力なしに脱炭素化を実現することはできない。

「私たちはお客さまとともに、『環境に配慮した物流を発展させ、持続可能な未来に向けて社会に貢献する』という共通の目標を掲げ、共創の取り組みを始めています。例えば最近では、食品メーカーや家具メーカーのお客さまと協働でEV・FCV※3トラックを購入するなど、コストを分担しながらGHG排出量削減のためのコラボレーションを進めています。こうした共創はほんの数年前はほとんどありませんでしたが、今、急速に増えています」とセドリックは説明し、近年目に見えて加速するお客さまとの共創について次のように紹介する。「お客さまのサステナビリティ・ブリーフィングやその他の会合に招かれ、私たちの長期的視点を持った持続可能な取り組みについて説明する機会をいただき、非常によい反応をいただいています。この1年は以前に増してお声がけいただく機会が多く、お客さまとともに持続可能な成長を生み出す取り組みは、今後ますます増えていくだろうと感じています」。

共創が広がりをみせる中で、YLグループはさらなる進展を見据えている。航空貨物輸送サービスについてケビンは、「倉庫の近代化、使い捨てプラスチックの削減、お客さまにグリーンソリューションを提供するためのコラボレーションなど、今後はフォワーディング事業でも、より広い範囲に目を向けるようになるでしょう」と語る。YLグループ全体での取り組みについてセドリックは、「お客さまとどのように共創できるかについて、まだまだできることがあると感じています。今後は、サステナビリティに関するお客さま向けサービスの作り込みにも、もっと注力していきたいと考えています」と力強く話す。

サプライチェーン・ロジスティクス企業として、広い視野でお客さまのサプライチェーン全体を捉え、ネット・ゼロエミッションに挑むYLグループ。今後、どのようなサービス、共創、イノベーションが生まれてくるのか楽しみだ。

インタビュー 2024年4月22日

  • ※1 Scope
    国際的な温室効果ガス排出量の算定・開示基準である温室効果ガス(GHG)プロトコルの中で設けられている、排出量の区分。自社における直接排出をScope 1、自社が購入・使用した電力、熱、蒸気などのエネルギー起源の間接排出をScope 2、自社の活動に関連する他社の排出をScope 3としている
  • ※2 SAF
    Sustainable Aviation Fuelの略で、廃油や植物などを原料にした持続可能な代替航空燃料。石油由来のジェット燃料と比べてCO2の実質排出量を削減できる
  • ※3 FCV
    Fuel Cell Vehicle。二酸化炭素を排出しない燃料電池自動車
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