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革新する力を育て、
イノベーションをグループへ
波及させる

2023.09.28
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社会の変化に向き合う学びを

世界の物流を取り巻く事業環境は日々大きく変化している。日本郵船グループは参入障壁の高い海運業をメインビジネスとしているが、不確実性の時代に身を置いていることに変わりはない。

2019年9月、日本郵船(株)はNYKデジタルアカデミー(以下、デジアカ)と称する社内教育機関を設立した。イノベーションにつながる思考メソッドを学び、社会潮流を的確に捉え、次の一歩となる新規事業にチャレンジするマインドの形成を目指す。「社会が急速に変化を遂げている中で、信念を持ってリーダーシップをとることのできる人材を育成することが目的です」とデジタル・アカデミーチーム長の熊井は説明する。

NYKデジタルアカデミーについて

NYKデジタルアカデミーは2023年に第7期を迎え、受講者は延べ75名となった。現在は1期当たり約9カ月間のカリキュラムが組まれており、その成果として一部はすでに事業化に向け動き出している。

例えば、第3期生が提案した「ロケットを洋上から打ち上げる射場船」から発展したプロジェクトは事業化を視野に、2023年4月のイノベーション推進グループ先端事業・宇宙事業開発チームの新設に至った。宇宙航空研究開発機構(JAXA)や三菱重工業(株)と再使用型ロケット洋上回収の共同研究を開始している。

また、第2期生が提案した「海明プロジェクト〜外洋での環境DNA」は、東北大学をはじめ産官学民のメンバーで構成される「ANEMONEコンソーシアム」への参画に発展した。「ANEMONE※1」は海水に含まれる生物のDNAから、海洋の生態系データを取得する生物多様性観測網だ。現在、日本郵船グループの近海郵船(株)が運航する高速RORO船※2「ましう」で海水を採取する活動が行われている。

イノベーションの学びを、「ANEMONE」で実践

第2期生として受講した佐久間と髙嵜は、のちに「ANEMONE」となるプロジェクトへの協力を立案し、環境DNAのサンプリングに取り組む体制づくりを行ってきた。

「デジアカの演習はチームに分かれて活動します。佐久間と私、現在海外赴任中の藤原の3人でチームを組むことになり、最初に演習のテーマを相談しました。『寝ても覚めても考えていられるような会社員人生で本当にやりたいこと』を出し合い、3人が共通して関心を持てることを探すことにしました」と髙嵜は説明する。

佐久間も「当時は3人とも、それぞれ所属する事業部で船に携わっていました。ちょうどその頃、社内でESG経営が掲げられたこともあり、いろいろな可能性を模索しました。話し合いの末、世の中から本当に必要とされていることを、当社のアセットである船のインフラを活用し提供したいという思いが一致しました」と言う。

あらゆるアイデアを模索する中で、海が貴重なデータの宝庫でありながらも未開拓であるという点に着目し、さまざまな人と出会う中で環境DNAに辿り着いた。そのきっかけとなった笹川平和財団から同じ思いを持つ関係者をつなげたいという話があり、東北大学と北海道大学の教授陣に巡り合ったという。

「研究者の先生方も研究船では点でしか取れないデータを、面で取りたいという思いを強くお持ちでした。外航海運のインフラを活用したサンプリングは世界でも類を見ない取り組みのため、新しい発見ができると期待の声が上がりました」と佐久間は振り返る。

海水サンプリングの実現に向けて

プロジェクトを進めていく中で、3人は多くの苦労に直面した。
髙嵜は、「全員が子育てをしており、時には子どもにご飯を食べさせ、寝かしつけてから深夜に活動といったこともしていました。でも自分たちがやりたいことをテーマに取り組んでいたので、大変なことも多くありましたが意欲的に取り組むことができました。チームを指導するチューター※3のサポートも受けながら課題の整理を進めていきました」と当時を語る。

佐久間も「常に“Yes, and”※4を繰り返し、相手のコメントを受け入れた上で自分の発言をするよう徹底的に教えてもらいました。その結果、常に前向きに話し合うことができました」と振り返る。

研究者たちと議論を重ねる中で、船上での海水サンプル採取は想像以上に繊細な作業であることが分かったという。
「例えば、取水したサンプルに素手で触ると人間のDNAが入ってしまいます。船の排水にも食品などのDNAが含まれるため、条件や管理方法の設定には時間を要しました。実行の際も、船員の作業負荷が大きいため、協力者を集めてマニュアルを作るなどの段取りが必要で、想像以上に大変でした」と佐久間は説明する。

最初に「ANEMONE」への協力に取り組もうと決めた日から、初回のサンプリングまでおよそ1年弱の月日を要した。この間、グループ会社や他部署への協力要請、予算の調達、大学との契約、環境DNA採取の条件管理、船員との合意形成など数々の課題を乗り越え、ついに実現に至った。

2021年の外洋でのトライアル採取では、158種の生物DNAの採取に成功した。大学側から「地球から月に行くほどの成果」「学術的にも貴重なデータが採取できた」という言葉があったという。「船が海洋の生態把握に貢献できたことで、本当に必要なことに社会的な価値を提供できたという自負につながりました」と佐久間は語る。

一方で髙嵜は、「元々事業化が一つの目標でしたが、この取り組みはまだビジネスとしては成り立っていません」と言う。
「事業にするにはコストをかけてデータを取った先にあるものに収益性を見出す必要があります。例えば、GoogleやMicrosoftなどのテック企業は収集してきた膨大なデータを強みとしてビジネスを広げてきました。海のデータは世の中から必要とされている一方で、今はまだそのデータを収集するインフラが整っていません。それが整った未来には海でも同じようなことが起こると想定しており、現在の活動は未来に向けての投資になると考えています」と力強く語る。

デジアカでの学びをどう活かすか

「デジアカの目的は、第一に、何事にも臆せずに周りの人を巻き込みながら、より良い環境を築いていくマインドを形成することです」と熊井は強調する。

髙嵜は「ビジネスは一人ではできないと改めて認識する機会となりました。私たちだけでできることは限られているため、社内外問わず協力者を探し、誰に何を依頼するのかという意思決定をしていかなくてはなりません。こういったことには普段の業務の経験が役立ちましたし、これまで以上に新しい場所に飛び込んでいくマインドを持つことができました」と学びを実感する。

佐久間も「デジアカでは、“Yes, and”と常に肯定されるので、自分の発言に自信を持つことができました。例えば自分がマネジメントする立場になった場合も、大抵のことは間違っていないから、まずは受け入れようと。前例に縛られない発言をする方が、皆のモチベーションも上がりますし、結果として新しい方向に進めることを学びました」と言う。

デジアカでは期を重ねるごとに受講生の門戸を着実に広げてきた。佐久間や髙嵜らが受講した第2期までは人事グループからの指名制であったが、第3期からは挙手制に変更した。さらに、第4期からはグループ会社からの受講も可能になり、郵船ロジスティクス(株)や、(株)NYK Business Systems、NYKバルク・プロジェクト(株)からも受講生が集まった。
2023年の第7期からは受講する年齢層の拡大を図った。これまでは目安として20代半ば~30代前半のNYKグループ社員を対象としていたが、1回以上の異動経験を持つ若手社員から役員まで参加を認めた。その結果、20代後半から50代半ばまで幅広いグループ社員が集う場に変化した。

「企業は常に時代の変化を捉え、社会に価値を提供し続けることが重要だと考えています。修了生が社会に貢献する価値を提供するべく互いに切磋琢磨し、イノベーションを進める存在になってくれることが願いです」と熊井は期待を込める。

デジアカでの学びが、イノベーションを起こす人材を育てる。そのイノベーションが日本郵船グループ全体に波及し、さらなる社会的価値の創出につながることだろう。

インタビュー 2023年8月4日

  • ※1 ANEMONE(All Nippon eDNA Monitoring Network)
    環境DNAを利用した生物多様性観測のネットワーク。近藤倫生教授(東北大学)の統括のもとで開発・運用され、十分なデータが蓄積されたことから2022年6月にオープンデータとして一般に公開された。環境DNA一次データを蓄積した専用データベースの構築、およびオープンデータとしての一般公開は世界初となる
  • デジタルバイオスフェアのウェブサイトから一部改変して引用
  • ※2 RORO船
    フェリーのように、トラックなどの貨物車が自走して船内に乗船(Roll On)、下船(Roll Off)できる貨物専用船
  • 日本内航海運組合総連合会のウェブサイトから一部改変して引用
  • ※3 チューター
    学習をさまざまな面から支援する人。デジアカでは演習を行う際に各チームに1人ずつチューターを配置している。
  • ※4 “Yes, and”
    さまざまな意見を出し合うとき、まず肯定し受け入れた上で発展させていく、デジアカで学ぶ特徴的なマインドセットの一つ
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