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飛鳥クルーズ×日本工芸会
コラボレーションが生み出す
価値の広がり

2024.05.28
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過去からつながれたご縁とともに

日本郵船(株)のグループ会社である郵船クルーズ(株)は、1991年から客船「飛鳥」を、2006年からは「飛鳥」を運航し、「本物との出会いと感動を伝える存在でありたい。」というブランドステートメントのもとクルーズ事業を展開している。2021年12月、飛鳥クルーズ就航30周年を記念し、(公社)日本工芸会とのコラボレーションを開始した。客船「飛鳥」の船内で、伝統工芸における重要無形文化財保持者(以下、人間国宝)の作品の数々を展示・販売するほか、人間国宝による講演や寄港地での工房ツアーなど、飛鳥クルーズでしか体験できないイベントを実施している。

日本郵船と日本の伝統工芸の歴史は、1928年にまでさかのぼる。当時建造された日本郵船の客船内には、人間国宝である故・松田権六氏の蒔絵が飾られていた。その雅さは特に国外から多くの注目を集め、日本郵船もその反響の大きさに、日本の伝統工芸の素晴らしさを改めて実感したという。

日本工芸会とのコラボレーションを企画当初から担当している郵船クルーズのチーフ ブランディング オフィサーの髙橋は、「今回このコラボレーションの実現にご尽力くださった日本工芸会副理事長の室瀬和美氏は、松田権六氏のお弟子さんです。日本郵船グループと日本の伝統工芸が縁で結ばれているように感じており、『飛鳥』がこうして歴史を引き継ぎ、次の『飛鳥』にもつながれていくというのは感慨深いです」と語る。

2025年に就航予定の新造客船「飛鳥」でも、さまざまな伝統工芸作品が乗船客を迎える準備が進んでいる。

本物との出会いが生み出す価値

郵船クルーズが「本物との出会いを届けたい」と強く思う理由は何か。

クルーズを続ける中で乗組員たちが幾度も体験した、「本物」と出会った時の感動や、美しい自然、海洋生物、寄港地で出会う人々、新しい自分など、日常から離れた時間・空間だからこそ得られる感動を、多くの人に伝えたいという思いがそこにある。

「『飛鳥』に乗らなければ一生訪れる機会がなかったはずの港に、クルーズを通して降り立った、というお客さまもいらっしゃると思います」と、ホテル部部長の吉田は話し始めた。「寄港地に到着すると、現地の方々はものすごく歓迎してくださいます。寄港する各地域で継承されてきた独自の文化や伝統を地元の方々が喜んでご紹介くださり、降り立ったお客さまはそこでしか味わえない体験をすることができる。クルーズを通してお客さまと地域社会との出会いを実現し、それを大切にすることは、私たちの使命の一つだと思っています。目の前のお客さまへ期待以上の感動をお届けするためにできることは何か、四六時中考えています」と、熱い思いを覗かせた。

また飛鳥クルーズでは、大相撲、文楽、歌舞伎など、日本の古き良き伝統芸能に焦点を当てたテーマクルーズを催行している。これらはすべて各芸能の本家本元と作り上げてきた。大相撲なら(公財)日本相撲協会から、文楽なら(公財)文楽協会からのお墨付きを得てお客さまに体験していただく。「クルーズという形で、いつもよりリラックスして日本の文化を体験できる空間が提供できていると思います。こうした形で日本の文化継承にアプローチする意義も十分にあると思います」と吉田は語った。

髙橋も文化継承の意義を語る。「伝統工芸と伝統芸能はクルマの両輪と言われています。伝統芸能で使う道具は、伝統工芸が残っていないと維持されない。逆に、伝統芸能の継承がしっかり行われていないと伝統工芸も栄えていかないのです」と話し、伝統工芸と伝統芸能の相互関係への理解と、それを飛鳥クルーズの船上で実現させる意義を示した。

船内のショップマネージャーとして伝統工芸作品の販売を担当していた根本は、ある作家との会話が深く心に残っているという。「訪船された作家さんから、工芸作品一つひとつを自分の子どものように思っていること、その子どもが作り手の手元を離れて船に乗り、特別な空間に展示されて世界中を旅しているというのは、親としてもとても誇らしく、楽しいものだということを伺いました。コラボレーションを通していろいろな方に作品を見ていただく機会が広がったことは、作家さんの活動の一助にもなれているのだと感じました」と話す。

髙橋が語るように、伝統文化の両輪をそろえた飛鳥クルーズが「本物を届けること」にこだわり続けることは、結果として伝統文化の継承、そして吉田が語る寄港地の賑わいづくりという点においても価値を創出している。

「出会い」を大切にする乗組員が届けるもの

船内での展示には、洋上の揺れや紫外線による影響を抑え、美しい作品をありのまま鑑賞してもらうための工夫が凝らされている。郵船クルーズが蓄積してきた船上での経験と、日本工芸会が持つ作品を取り扱うための知識を掛け合わせ、試行錯誤の末に緻密な設置が行われた。洋上で「本物」との出会いを届けるための乗組員の努力が、船内に展示される約140点もの伝統工芸作品を照らす。

根本は作品と向き合った準備期間を振り返り、「船内展示を前に届いた作品には、それぞれに簡単な情報のみが添えられていました。作品を受け取ってからは、ショップメンバーで作品一つひとつの特徴や背景を調べました」と話す。メンバーがまとめた資料をファイリングして全員で共有するとともに、それをショップだけの知識に留めず、乗組員に向けた伝統工芸作品ツアーも実施したという。

「作品はダイニングやレセプションなど、船内の各所に展示されています。ショップのスタッフだけでなく、船内の全乗組員で伝統工芸作品の魅力をお客さまにお伝えしたいという願いを込めて、乗組員を対象とした船内ツアーを開催しました。十分に説明できるだけの知識が必要になりましたが、『飛鳥』全体で伝統工芸作品とともにお客さまをお迎えする雰囲気を作り上げることができたと感じています」

販売のプロフェッショナルとして作り手の思いを深く理解し、自信を持って紹介することは、根本が入社以来大切にしてきたことだった。

実際に最近では、今までのように乗組員や船内の雰囲気、クルーズ旅行に惹かれて再乗船する乗客だけでなく、「もう一度船上で伝統工芸作品を見たい、購入したい」と再乗船する乗客も増えたという。吉田は「お客さまが作品に会いに来てくれるようになった」と表現する。

「用の美」という言葉がある。日本の伝統工芸作品は、鑑賞するばかりでなく日常で触れることで見える表情があり、使用して初めて作家が施した繊細な細工を肌で感じることができる。「飛鳥」では、購入を考える乗客に作品を実際に手に取ってもらい、作家たちから預かった「ぜひ使ってください」という言葉を添えて紹介する。

根本は自身を「作家の代弁者」だと話す。作家はいつかこの作品を手に取る誰かを思い浮かべながら、工房で繊細な工程を幾度も重ねる。根本は「そんな作り手の温かさとともに、お客さまが作品と出会った時の胸の高鳴りを大事にしたいのです」と続けた。「飛鳥」は伝統工芸作家と乗客の心を優しく結んでいる。

伝統の継承と新しい挑戦で未来を紡ぐ

飛鳥クルーズと日本工芸会のコラボレーションが2年目を迎えた2023年、「日本工芸会会員賞 飛鳥クルーズ賞」が創設された。第1回では3名の作家を選出し、船上での表彰式と講演が執り行われた。将来有望な作家の作品が多くの人々の目に留まるきっかけとなった。

髙橋は、同賞の創設とこれから大洋を進もうとする「飛鳥」が、日本の伝統を継承していく若い作家たちの活躍の帆になることを願う。「古き良き」だけを継承していては、伝統はいずれ途絶えてしまう。伝統の中に咲く「新しき」を大切に育むことこそ、本当の意味での伝統文化継承と言えるだろう。

「動く洋上の美術館」をコンセプトに据えた「飛鳥」では、さまざまなアートを活性化させる場所になるよう、伝統工芸以外にも多種多様なジャンルの作品をそろえることに加え、作品の一般公募にも挑戦する。

「我々の船に乗っていただくからには、お客さまには一番良いものを見て、触れて、経験していただきたいという思いが、私の根本にあります」と、髙橋は言葉に思いを込める。「我々が届けているものは最高峰だからいいだろうという考え方ではなく、我々が良いと信じたものをお届けすることにこだわっています。その中であらゆる出会いの機会をお客さまにお届けしたいのです」

何を「本物」とするか判断するのは乗組員ではなく、その出会いを目の前にした乗客一人ひとりの価値観だ。思いがけない出会いによって人生が一瞬にして色づく感覚はきっと誰もが一度は経験しているだろう。飛鳥クルーズで届けたい「本物との出会い」。それは、息をのむような景色や温かさを感じる寄港地の人々、郷土文化、そして日本の伝統文化に込められた作り手の思いに触れた時の、忘れられない感動だ。

関わるすべての人に喜びや価値を届ける飛鳥クルーズ。感動の一つひとつが洋上で重なり縁となって、新しい価値が生まれ育っていく。

インタビュー 2024年2月20日

  • ※ 公益社団法人日本工芸会
    重要無形文化財保持者(人間国宝)を中心に伝統工芸作家、技術者等で組織される団体
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