「推進段階」から「実装段階」へ
2023年3月1日、日本郵船(株)は8つ目の本部となるESG戦略本部の新設を発表した。2021年2月の「NYKグループESGストーリー」の発表から同社グループのESG経営の推進役となったESG経営推進グループは、4月1日よりESG経営グループとしてこの新本部に設置される(ESG経営推進チームはESG経営企画チームに改称)。
名称から「推進」が省かれた背景についてESG経営推進チーム長の長谷川は、「これまで長澤社長の強いコミットメントとリーダーシップの下、ESG経営の浸透を推し進めてきました。この2年間で初期の目標であったESGの自分ゴト化は進んだと思います。土台が固まってきたので、これからはさらに大きな課題に取り組んでいきます。新社長となる曽我が“ESG経営の実装段階に入る”と言っており、2023年度の新中期経営計画のスタートに合わせて“推進”という言葉を取ろう、という話になりました」と説明する。
「サステナビリティに関する世界の動向は年々変化の激しさを増しており、世の中の動きに合わせて自分たち自身を変えて行く必要があります。ESG経営戦略を実践していくために私たちのグループに課された役割はとても重要です。これまで四半期ごとの開催だったESG経営推進委員会をESG戦略委員会と名称を変え、今後は毎月開催していく予定です」と長谷川は力を込める。
ESGという言葉は聞いたことがあっても、その理解度は人によってさまざまだ。どのような相手にもESGを理解してもらえるよう同グループは手を尽くしてきた。今では本店内や国内主要グループ会社でESGが話題に挙がることが多くなり、同グループの大畑が「育児休業から復職したら全く別の会社になったような印象でした」と語るほどだ。「事業部の皆さんが社内のあらゆる情報に広くアンテナを張って、他部署の取り組みを自部署に取り入れたりとESGの『自分ゴト化』を目指し活動されている様子をよく目にするようになりました」。しかし、これらはまだ日本国内の話である。日本郵船グループはグローバル企業として、グループグローバルでのESG経営に本格的に乗り出す。
「ESG」のモノサシをグローバル化する
2023年1月、ナショナルスタッフを対象にESG経営をテーマにした説明会を初開催したが、ここで展開する国・地域があまりに広範であるという課題に直面した。同グループの山田は「宗教や文化の違いからESGへの理解や感度も日本とは当然異なります。そうした中で私たちの活動をどのように進めていこうかずっと悩んでいました」と語る。
折よく、日本郵船グループでは、より機動的な事業展開を図るため、2022年4月から南アジア・中東地域を中心に「地域・国代表制度」の導入を進めている。まずは各地域の代表にナショナルスタッフの意識についてヒアリングを重ね、各代表からの後押しを受けながら、ESG経営推進グループのこれまでの活動実績や今後の方針について網羅的に説明する機会を作ることにした。中国・東南アジアで3回、北中南米で1回、欧州・アフリカ・中東で1回、合計5回の説明会を開催し、累計800人以上のナショナルスタッフが参加。当日の質問や終了後のアンケートの回答から、「ESGは日本だけの関心事ではなく、ナショナルスタッフも意識するグローバルアジェンダであり、GHG排出量削減をはじめ、自分たち自身が真剣に取り組まないとグローバル企業として生き残れないと強く感じているスタッフが、思った以上に多いことがわかりました」と山田は言う。
さらに全ナショナルスタッフの約1割が説明会に参加し、ESGについて耳を傾けてくれたことを受けて、長谷川は「意識改革や組織改革を進める場合、1〜2割の人が本気になると、雪だるま式に改革が進みはじめます。グループグローバルでのESG経営は今後ますます加速していくはずです」と期待する。
いかにナショナルスタッフとの距離を縮めるか
説明会では、日本郵船グループのESG経営にとって重要な「ESG」のモノサシと「経済性」のモノサシに関する説明に加え、統合報告書「NYKレポート」を読む会や、社内SNSでの情報交換、ESG経営推進グループから発信している情報などについて紹介した。参加者から特に反響の大きかった取り組みは、「ESG Navigator 制度※1」と「マテリアリティ目標へのアプローチ」の2点だ。またQ&Aセッションでは環境課題に対する質問ばかりでなく、女性管理職比率について特に欧州地域から質問が寄せられた。
山田は説明会を振り返って、「女性社員がさらに活躍できるような目標を設定したことを、ポジティブに受け止めてくれていました。そのほかアンモニア燃料への転換を前提としたLNG燃料船など新燃料についても多くの人が関心を寄せています。また、開発途上国向けの輸送支援といった社会貢献活動に改めて強く共感してくれているようです」と手応えを感じている。
一方、大畑は同様に手応えを感じながらも新たな課題を見据える。「各地域のスタッフと個別に話してみると、現場ではさまざまな取り組みや活動が実施されているもののそうした情報をどこに伝えたらいいかわからない、という声がありました。日本の本店に情報が届くような双方向のコミュニケーションが図れる仕組みを作りたいと考えています。本店から全社戦略や国際的な動向についての情報をインプットし、現場からは個別の取り組みやESGについてのローカルな情勢・感度などの意見をもらう。こうしたやり取りが広がれば、マテリアリティにひも付くKPIももっと改善できるのではないかと感じています」と話す。
本店がナショナルスタッフに学ぶ点は多い。欧米は仕事以外にもボランティアや社会貢献活動に一人ひとりが積極的だ。本業の競争力やビジネスにまだ結び付いていないことは課題だが、「例えばチームビルディングは海外現地法人のほうが進んでいます。以前駐在していた米国ではスタッフの国籍が多様で、だからこそチームで信頼関係を築くアクションも自然と行われていました。こうした取り組みは学ぶべきだと思います。経営と現場、片側からの一方通行ではなく、ESG経営と現地・現場の自発的取り組みをどうつなげるか。真のグローバル企業として、また業界のリーダーとして、世界レベルでのESG経営推進活動は今後ますます重要なものになります」と山田は語る。大畑も「ESG経営の実現に向け『自分はどうすべきか』を考え、意識的にアクションを起こしてくれているというのが大切な第一歩だと思います」と各地の取り組みに期待を寄せる。
ESG経営推進体制はこの2年で強化した。ESG経営を実装段階へと押し上げるべく、ESG経営推進グループは次の一手として、社会課題解決に向けた主体的活動を後押しする“NYKグループ サステナビリティ イニシアティブ※2“をよりグローバルに広げていくほか、非財務情報開示のさらなる拡充も目指す。あるべき価値創造がどの現場でも実現された時、日本郵船グループは一段と進化するだろう。そして、その日は近い将来、間違いなく訪れるはずだ。
インタビュー 2023年3月1日
- ※1 ESG Navigator制度
各部署において、トップダウンとボトムアップの両方のアプローチを支え、ESG経営推進を担う担当者のこと。2022年度は本支店内全48部署でグループ長・室長・支店長が任命したESG Navigator 67人が活動中。延べ経験者数は100人を超える - ※2 NYKグループ サステナビリティ イニシアティブ
「海、地球、そして人々への恩返し」をテーマに、主体的に社会・環境の課題解決に取り組み、その活動を通してすべてのステークホルダーにとっての企業価値の向上を目指す日本郵船グループの枠組み