02

ESGを起点に産業を興す。
秋田県で紡ぎ出す共創モデル

2023.03.22
Keyword :
Read More

地の利を活かした価値創造を

秋田県との「包括連携協定」の下、2022年4月から日本郵船(株)秋田支店が始動した。同支店では、洋上風力発電も含めた再生可能エネルギー事業の推進と関連人材の育成をはじめ、港湾活用、船舶関連人材の育成、観光振興、環境保全など地方創生に取り組む。

洋上風力発電は、調査、建設、運転期間を通して25年以上にも及ぶ長期プロジェクトであり、その建設段階から稼働後の保守運営まで見渡すと、関連する産業も多岐にわたる。秋田県にとって、強い風が吹く地の利を活かした風力発電は既に実績のある大事な産業だ。これを洋上にも広げ、「脱炭素」「エネルギーの安定確保」「地方創生と国際競争力の復活」という、日本が直面する重要課題の解決に挑戦していく。

秋田支店は、秋田県を軸に、今後新たに洋上風力発電の展開が見込まれる近隣県までを事業の対象としている。CTV(Crew Transfer Vessel:作業員輸送船)、SEP船(Self-Elevated Platform船:自己昇降式作業船)など、洋上風力発電関連事業における営業体制強化や、各県の関係先とのネットワーク拡充に取り組み始めた。

「地元企業との連携、信頼関係の構築、人材育成などを通じ、ともに秋田県を盛り上げ、持続可能で安定した事業基盤を築き、発展させたいとの思いから秋田支店を開設しました。洋上風力発電関連事業を基軸にしつつ、私たちが目指しているのは地域とともに成長・発展していく共創モデルです」。地域はもとより、特定のステークホルダーに過度な負担を強いるようでは、持続可能な事業とはならない。初代支店長として着任した下村はそう考える。

地元で創る、地元と創る

秋田県内での人材育成にも本格的に取り組む。2022年9月に、洋上風力発電の総合訓練センターを2024年に開設すると発表、将来的に年間1,000人程度の訓練修了生を輩出する計画だ。秋田県内にある既存の訓練施設にはプールがないため、水深10メートルを誇る県立男鹿海洋高校のプールを活用した「海上生存技術」訓練を提供することで、風車作業員が陸上・洋上を問わず県内でワンストップに訓練を受講できるようにする。今、国内には、同様の訓練を実施している施設が1カ所しかなく、受講までに数カ月を要するケースもあり、洋上風力発電事業の持続的な発展を支える訓練施設の拡充は不可欠だ。さらに同校には新鋭の操船シミュレーターを設置し、CTVを所有する日本郵船はその操船訓練も担う。

「立派なプールがあることが男鹿海洋高校に訓練センターを開設する理由の一つですが、操船シミュレーターを同校の授業にも活用いただき、大型船の操船シミュレーションなど、通常の授業では学ぶことができない経験をしてもらいたいという教育的な狙いもあります。また訓練を受けるプロの技術者たちの姿を間近で見ることで、子供たちが将来の進路を考える上での刺激になれば、長期的な海洋人材育成の点からも意義深い取り組みとなるでしょう」。施設工事を進める傍ら、2023年からのインストラクター養成、2024年の訓練センター開所にむけて準備を進めている。

一般の航海と異なり、CTV船員の仕事場は陸から比較的近い海域であるため、「日帰り勤務」が基本となり、地元に居住して就労することが可能だ。長期的な発電事業を持続的に支えていくためには、地元から人材を継続して育成・輩出する仕組みを作る必要がある。さらに「日帰り勤務できる船員」という働き方が新たに秋田県で広がることは、県外流出が多い若年女性層を含むあらゆる年齢層に対しての新たな選択肢の登場とも言えるだろう。

訓練センター開設の公表後、男鹿海洋高校には入学に関する問い合わせが増え、県外からも生徒が集まるようになってきた。男鹿市も県外学生などへ家賃の補助を検討するなど、後押しに積極的だ。

「サービスの安定性も重要です。故障やトラブルのたびに修理部品やメンテナンス要員を遠方から手配していてはコストも時間もかかり、お客さまにご迷惑をおかけしてしまいます。専門性に特化した業務もあり、どこまで地元で手配可能かは今後精査していく必要がありますが、当社にとってのお客さま(発電事業者や風車メーカーなど)/地元企業/当社の“三方よし”の観点からは、地元で賄えるものは地元で賄うようにしていくのが自然でしょう。安定したサプライチェーンの構築に向け、課題を整理しながら進めていきたいと考えています」。秋田県での取り組み一つひとつに意味がある。目下、主に関わるのはエネルギー事業本部グリーンビジネスグループだが、他本部はもとより、さまざまなグループ会社の協力も得ながら、地域に根差していく。

先行事例として

将来性も十分だ。秋田県での取り組みは国内の他地域に先行しており、今後、産官学で知見を蓄えていく先行モデルとして、日本における再生可能エネルギー開発に貢献していく存在になるものと期待される。他の地域でも応用できるか。この問いに下村はこう答える。

「洋上風力発電事業を基軸とした地方創生が本格的に成果を生み始めたら、秋田県および地元企業はその知見・実績をどこよりも先行して獲得することになります。脱炭素、エネルギーの安定確保、地方創生と国際競争力の復活という重要課題に直面する日本において、秋田県がその課題を解く糸口になるかもしれません。また産官学に蓄積されていく知見は海外展開にも応用できるはず。当社グループにとってもビジネスチャンスが広がりますし、ここは絶対に成功させたいところです」。

秋田県では洋上風力発電関連企業への就職希望者が増えてきているという。若者の関心も高まっている。日本郵船も船長や機関長を県内の高校などに派遣し、海の仕事について出張授業を開催している。地元企業からもさまざまなアイデアが出ており、観光振興では客船内での料理に用いられる食材や酒類についての話し合いが進んでいる。水産加工品など地元産品の輸出振興に伴う物流需要にも対応していく。風力をはじめとする再生可能エネルギー由来の電力を利用した次世代燃料についても、日本郵船が持つ要素技術との掛け合わせにより、実用化に向け磨きをかけていく。

揺るぎない信念

下村は日本郵船に入社後、客船事業でキャリアをスタートし、その後LNG輸送、ドライバルク事業に従事してきた。LNG輸送事業に従事するため、2000年には同社の初代カタール駐在として赴任し、5年間にわたって地元企業との関係構築にも注力。同国の安定的発展のためには人材教育が大事であるとの考えから、現地公立小学校への日本の「公文式」学習法の導入にも取り組んだ。長期契約が主体のエネルギービジネスにおいて、国や地域が長期的に安定していることが何よりも重要になる。長い間にはもめ事も少なからず出てくるため、誠実に建設的な協議ができる信頼関係を日頃から築いておくことが極めて大切だというのが下村の信念だ。

「実はカタールと秋田県はほぼ同じ面積で、カタールについて説明する際、よく秋田県を引き合いに出していました。当時のカタールはLNG輸出、そして今の秋田県は洋上風力と、国が大きな期待を寄せる新たなエネルギープロジェクトによる成長前夜とも言えるタイミングで、どちらも初代の赴任者として着任したことには不思議なご縁を感じます。場所はまったく違いますが、考え方はカタールでも秋田県でも同じです。絆を結びながら社会課題に向き合い、地域とともに発展するという、当社グループが昔から大切にしてきた『ESG』の本質を秋田でも追求します」。

「私たちの考え方や目指す方向性をしっかりと打ち出していけば、自ずと共感してくださる方々が集まってきます。長期的に物事を推し進めていくためにも、軸となる理念・価値観・ビジョンを伝え、共創できる仲間とネットワークを築いていくのが私の役割です」。日本郵船が携わる洋上風力発電の稼働開始は2028〜2030年。これを最初の通過点として、さらにその先も見据えつつ、秋田県や各市町村、各事業パートナーとともにESGストーリーを紡いでいく。

インタビュー 2023年2月3日

All Stories