船で培った知見をあらゆる事業へ。機関士という仕事の醍醐味
公開日:2025年04月21日
更新日:2025年04月21日

日本郵船の海技士は約600人。その内の約半数が船の保守・管理に携わる機関士です。機関士が活躍する場所は船の中とは限りません。「軸を持ったジェネラリスト集団」を目指す日本郵船では、機関士が培った知見やセンスを、さまざまな仕事に活かす道があり、まさにその道をいくのが、海務グループ海務新規事業サポートチームの上田貴裕です。
船のエンジンのダイナミクスに魅了され、世界の海へ
私は岐阜県高山市出身で、海とは無縁の山の中で育ちました。中高生の頃でしょうか、たまたま船のエンジンを知る機会があったのですが、これがものすごく大きくて……。自動車のエンジンとはまったくレベルが違うんですよね。船そのものを見たことはほとんどなかったので「こんな世界があるんだ」と憧れのような感覚も抱きながら、商船大学に進学し、機関系の勉強を始めました。
最初は造船に携わる仕事も考えましたが、大学で船に乗る機会を得て気付いたのが「造るよりも動かす方が好きかもしれない」ということです。当時は海外に行ったこともなかったので、船に乗ればいろいろな国に行く機会があるし、人生の幅も広がると思ったのです。
海務グループ 海務新規事業サポートチーム
上田貴裕
これが船乗りか…!多国籍チームで動く世界航路と現場のリアル
私の場合、入社して約3年間はコンテナ船をはじめ数種類の船に乗り、1年間の陸上勤務を経て、自動車運搬船や天然ガスを運ぶLNG船を中心に5年間、再度の陸上勤務を経て、また船に戻り……と、海と陸を行ったり来たりしながら今に至ります。
海上勤務といっても、世界には本当にいろいろな航路と船がありますが、初めて乗船したコンテナ船は最も思い出深いですね。韓国の釜山を出発してシンガポールを経由し、アラビア海からスエズ運河を通って地中海へ、最終的にはスペインまで行き、同じルートで帰ってくるという往復航路で、約2カ月の航海でした。そのときの上司はルーマニア人だったのですが、当時はまだ英語も拙くて、英語で話しかけたら「上田、お前は何語を話しているんだ?」と聞かれたことは今でもよく覚えています(笑)。電気技師の方が可愛がってくれて、夕方になると「トラナガを観るか?」と、日本の将軍が主役のドラマを見せてくれました。
当時はまったく分からなかったのですが、実はこの作品、近年リメイクされた『SHOGUN(将軍)』という海外ドラマ。日本人だから、と気を利かせてくれたのだと思います。 そんなやり取りを重ねるうちに、少しずつ外国人の船員と英語でコミュニケーションが取れるようになりました。この船から下船するときはとても寂しかったですね。
自動車運搬船にも乗りました。日本を出て、タイ、シンガポールを経由してオーストラリアを時計回りに一周し、再びシンガポール、タイへ戻り、そこからさらに西に向かい、地中海を通って英国まで行って、大西洋を米国まで横断。メキシコ湾を回り、パナマ運河を抜けて日本に帰ってくる——いわゆる“世界一周航路”です。
行く先々の寄港地で何をするかというと、機関士は基本的にエンジンのメンテナンスを行います。なぜなら航海中、船のエンジンはずっと動かしっぱなしですから、止まったときが勝負なのです。とはいえ、やはりたまには上陸して観光したい。そこで他の機関士たちと順番を決めて、「次の港は誰が上陸する」とか「俺はこの港で上陸するから、この作業はやっておくよ」と、お互い融通しながら仕事をしていました。ベルギーでは上陸した同僚にチョコレートを買って来てもらったこともありましたね。
船はいろいろな国から来た人たちが集まって、一つのチームになる訳ですから、コミュニケーション能力が磨かれます。人間関係を壊してしまうとチームとして機能しないことを、船乗りはみんな分かっているのかもしれませんね。
こうして海上で経験を積んだ機関士が陸上勤務になるときは、船舶管理業務に関わることが多いです。例えば、船にも自動車の車検のような定期検査があり、それに向けてどう整備を進めるか、計画する仕事もその一つ。私たち機関士は、現場で何をどう整備しているのかをよく分かっていますからね。
私の場合、“船主側”の立場を理解し、船にトラブルが起きたときに「どんな不具合が起きて、それがどれだけ重大なのか」を、荷物を預けてくださるお客さまに伝え、ソリューションを提示する業務にも携わりました。こうした役割は、日本郵船では営業活動で活躍する海技者として「営業海技」と呼び、海上での経験や機関系の知識を活かすことができます。
日本郵船に入社して約20年弱のキャリアの中で、海上勤務は通算約10年間ほどだ。
消費エネルギーはより低く、発電量はより大きく。洋上風力発電は“いいとこ取り”の構想
現在は洋上風力発電向けの作業員輸送船の作業員や船員を育成する訓練センター「風と海の学校 あきた」の運営、洋上データセンターの計画、産学共同研究として行われている船員のウェアデザインなど、複数の新規事業に携わっています。
メインで携わっているのが洋上風力関連事業です。洋上風力発電は、世界的には2012年~2013年ごろ本格的にスタートした分野で、国内では2023年1月から商業運転が始まりました。陸上だと風車の大きさに限界がありますが、洋上なら大規模なものが設置できます。例えば、ブレードの先端までの高さが300m近い風車もあり、ヨーロッパではそれが100基、200基と並んで立っている所もあります。
最も大規模なのは北海です。英国の東側、ドーバー海峡を抜けて航海中、海の上にずらーっと真っ白な風車が並んでいて、船でそこを通ったときは「何だこれは?」と驚きました。当時は自分がこの事業に関わるとは思ってもみなかったので、あのとき見た風景が、今になって自分の仕事とリンクしてくるなんて……と、ちょっと不思議な気持ちもあります。
そして、実は同じような話が洋上データセンター事業にもあるのです。つまり、陸上にデータセンター用の土地が足りなくなってきているので、海の上に浮かべようというアイデアです。海上なら周囲が海水で冷やされているので冷却効率が良く、自然の熱交換ができます。しかも、そこに風力発電の風車があれば、電力ケーブルを敷いて送電しやすい。まさに“いいとこ取り”の構想だと思っていて、私はこの事業の可能性を信じています。
洋上風力発電の作業員のための輸送船「CTV」とは?
洋上風力関連事業において日本郵船は、洋上風力発電設備の建設や、発電開始以後のメンテナンスを行う作業員を快適かつ安全に風車まで送り届ける、輸送船「CTV(Crew Transfer Vessel)」の所有と船舶管理を行う役割を担っています。陸上と違って、風車まで車では行けないので、そこをサポートする訳です。
CTVの船舶管理に当たっては、海上勤務時代の知識やノウハウがそのまま使えるかというとそうではありません。船の構造やサイズがまったく違うからです。CTVは全長約27m。ちなみに、外航船は全長200〜300m、大型のコンテナ船だと全長400mくらいあるものも。私自身、この分野はまったく初めてなので最初は戸惑いましたが、柔軟に対応できる人たちが集まって議論しながら、さまざまなことを学んでいきました。
みんなの知恵の結集によって事業の方針が固まったら、今度はそのコンセプトをお客さまに分かりやすく伝える必要があります。安全と快適性が担保できる理由をプロの目線から説明できることが大事です。発電事業に関わるプレーヤーは多岐に渡ります。
秋田・男鹿の地で人材を育てる。「風と海の学校 あきた」の取り組み
人材育成にも力を入れています。
その拠点が、秋田県立男鹿海洋高等学校実習棟内にある「風と海の学校 あきた」です。ここは、船員や洋上風力発電の作業員を育成する訓練センター。私は洋上風車作業員向け訓練(GWO BST5)、船員向け基本安全訓練(STCW基本訓練)や、日本郵船が独自に立ち上げたシミュレータによるCTVの操船訓練に携わりました。
近年このような訓練センターは日本各地にできているのですが、すでにある高校の中に訓練所を併設しているのは日本郵船独自の取り組みです。生徒たちが授業を受ける学び舎のすぐ横で、プロの作業員が本格的な訓練をし、それを間近で見てもらうことで「こんな仕事があるんだ」と知ってもらいたい。船のことも、洋上風力のことも、船員の訓練のことも、日常の延長線上にリアルな仕事があることを高校生に感じて欲しいんです。そうすることで、彼らが将来この業界を目指すきっかけになる、もしくはすぐには就職につながらなくても、海技者がより多くの若者の進路の選択肢になっていたら嬉しいです。全てのご縁がつながって生まれた取り組みですが、これをちゃんとした「未来」につなげていけるよう、これからもしっかり育てていきたいと思っています。
「風と海の学校 あきた」にてシミュレータによるCTVの操船訓練に携わる。
さまざまな新規プロジェクトに参画するモチベーションの保ち方とは?
主体性を持って革新・改革に取り組むビジネスリーダーを育成する日本郵船の研修プログラムであるNYKデジタルアカデミーにも関わっています。ここでは多摩美術大学の学生たちと「船員のウェルビーイングを考える」というテーマで船員の作業着に関する共同研究を進めています。例えば、 “船員の誇り”をどうデザインするか。あるいは、作業着の通気性が悪いとか、汚れが目立つといったような日常で感じる不便や不都合に対して何か工夫できないか、といったことです。
既製品を買えば済む話と思われがちですが、あえて“考える”ことに価値があると考えます。「航空会社の整備士の制服に憧れる」ってあるじゃないですか。こうした誇りを持てるユニフォームを、私たちも作ってみたいのです。
なぜこんなにさまざまな仕事に? と聞かれると、自分でも「なぜ?」と思うところはあるのですが、一ついえるのは、私自身が新しいことが好きなタイプなんですよね。「まずやってみよう!」という気持ちで動く方なので、新規事業に向いているマインドかもしれません。
これだけいろいろなことにどうやって携わるの?と聞かれることもありますが、仕事には「波」があるので、その合間に受け入れればいいかな、と考えています。今やっていることに行き詰まっているとき、あえて別のことを考えたら動くこともあります。そういうふうに「波の谷間」をうまく使う感じですね。
周囲には新しいことが好きな人が多くて、今の延長線上ではなく、もっと面白いことを考えようという姿勢を持っている人たちばかり。「こういうアイデアどうかな?」って投げかけるとすぐに反応してくれるし、実際に「じゃあやってみようか」って一緒に動いてくれる。そんな前向きな空気があって、今、本当に面白いチームができていると感じます。
大切な視点は「自分の仕事だけやっていればいい」「他は知らない」ではなく、隣の部署やちょっと先の工程にも関心を持って、「それ、大丈夫かな?」と思えること。未来の可能性のために、これから活躍する若い人にはぜひ視野を広く持って欲しいですね。
「機関士は船のエンジンを整備している人と思われがちですが、船の中では“何でも屋”ですから、実は非常に幅広いことができますし、やれます」。
上田貴裕のある数日の働き方
水曜日
09:00 出社
11:00 2つの社内会議に参加。CTVの仕様確認とコスト検討・資料をまとめる
12:00 ランチでひと休み
12:30 多摩美術大学へ移動。共同研究「くらしをデザイン」第二弾中間発表会に参加
18:00 橋本駅前でお疲れさま会
21:00 帰路へ
木曜日
07:00 羽田空港から秋田空港へ
09:30 男鹿市「風と海の学校 あきた」到着。機材搬入工事立ち会いと見学のお客さまをアテンド。
シミュレータ体験や訓練施設をご案内
秋田市内に宿泊
金曜日
10:00 「風と海の学校 あきた」にてお客さま対応
15:00 帰京
大学の先生と打ち合わせ。終わり次第新年会へ