航跡Voy.160 日本郵船歴史博物館

2007年3月、「氷川丸」は氷川丸マリンタワー(株)(06年12月31日解散)からNYKに引き渡されました。係留中の山下公園(神奈川県)で船体と内装を修復後、08年春に再び一般公開をする予定です。時代の荒波を乗り越え、喜寿を迎えてもなお竣工当時の姿をとどめたまま海上に浮かぶ同船は、03年11月に横浜市指定有形文化財に登録されています。変わらぬ姿で人々を魅了し続ける「氷川丸」。その波瀾万丈の歴史を紹介します。

写真

1食堂入口ドア 2サロンのランプ 3エンジン図面
4サロンの柱 5食堂入口階段 6喫煙室

1930年、「氷川丸」は横浜船渠(せんきょ)(株)(現、三菱重工業(株)横浜製作所)で竣工しました。B&W社(デンマーク)製の最新鋭大型・高出力ディーゼルエンジン2機を搭載し、最高速力は18.2ノット(時速約34キロメートル)。SOLAS条約※1の発効に先んじた水密区画※2の導入など、当時の造船技術の粋が集められたシアトル航路の優秀貨客船でした。そして、風浪の激しい北太平洋を横断するために外板は厚く、現在では見ることのできないリベット構造※3が用いられています。
 内装はフランス人工芸家のマーク・シモン(1883〜1964)によるアールデコ様式が採用され、1等サロン・喫煙室・食堂と入口階段には、今もその優れたデザインを見ることができます。同時期に建造された大型船がすべて戦禍で沈没したこともあり、「氷川丸」は戦前の日本における造船技術や大型客船の船内意匠を示す貴重な遺構として高く評価されています。

※1 SOLAS条約(The International Convention for the Safety of Life at Sea):客船“Titanic”の海難事故をきっかけに、1914年に締結された船舶構造・設備などの基準を定めた国際条約。日本での施行は33年(船舶安全法)
※2 水密区画:船体の損傷時、浸水が広がらないように船内に設けられた区画
※3 リベット構造:熱したリベット(びょう)を、重ねた鋼板に開けた穴に通し、その頭を打ち付けて板同士をつなぎ合わせる構造

背景写真:建造中の「氷川丸」
(三菱重工業(株)横浜製作所 提供)

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グループ報「YUSEN」2007年4月号表紙 グループ報「YUSEN」
2007年4月号No.596

【表紙のことば】
今、自然界で起こっていることを知るために、日本郵船ネイチャーフェローシップが始まった。

EARTHWATCH INSTITUTE©Bernd Wursig