日本郵船グループ報「YUSEN」より“航跡”
戦後初の機械巡航見本市船

「日昌丸」は、東京船舶(株)の前身である南洋海運(株)が政府の助成金を受けて1938(昭和13)年に竣工した貨客船です。当時、本船は日本〜インドネシア定期航路に就航していました。同世代の船には、NYKの「新田丸」「八幡丸」「春日丸」などがあります。
 第二次世界大戦中は、42(昭和17)年にショートランド島(ソロモン諸島)への兵員輸送、44(昭和19)年にはマニラ方面への緊急輸送などに従事しましたが、奇跡的にもこの大戦を無事に乗り切ることができました。
 戦後は生き残った数少ない船として、復員輸送や肥料などの緊急物資輸送に従事した後、日本〜インドネシア航路に復帰。56(昭和31)年には日本機械輸出組合の要請を受け、
戦後初の巡航見本市船として同年12月から約4カ月の間、日本が開発した機械類の優秀性をアピールし、国際取引の促進を図るため、東南アジア諸港(シンガポール、ジャカルタ(インドネシア)、バンコク(タイ)、マニラ(フィリピン)、ムンバイ(インド)、カラチ(パキスタン)など)を巡りました。
 ちなみに巡航見本市船として東京港を出港した12月18日、日本機械巡航見本市記念切手が発行されました。切手には“JAPAN MACHINERY FLOATING FAIR”の文字とともに、歯車、真空管、そして「日昌丸」が描かれています。波瀾万丈の生涯を送った本船の掉尾(とうび)を飾る出来事でした。
※見本市船:商品見本を展示して宣伝・紹介し商品取引を行う会場として、世界各港を巡る船
上: 日本機械巡航見本市記念切手
(写真提供:佐藤清康氏)
左: 「日昌丸」絵はがき
(ファンネルは南洋海運時代のもの)
Back Number 日本郵船歴史博物館

社内報「YUSEN」
2006年7月号

【表紙のことば】
石油だけじゃない中東