航跡
「初めて触れた西洋社会」

1和初期、ロンドン航路に就航していた貨客船は、日本やアジアの寄港地から船客や綿布、綿、生糸、絹製品、玩具、茶わんなどの貨物を乗せて欧州に向かいました。この航路では船客の大半がロンドンで下船してしまうため、1933(昭和8)年からの4年間、毎年夏になると空いた客室を利用して、ロンドンからアントワープ(ベルギー)、ロッテルダム(オランダ)、ハンブルク(ドイツ)を巡る9日間の「ノース・コンチネンタル・クルーズ」というショートクルーズを実施していました。
 夏の旅行客を見込んだこのクルーズは、

 一等船室運賃が約8〜12ポンド*と手ごろだった上に、中産階級のイギリス人女性が結婚前に手軽な欧州旅行を楽しむのがはやっていたこともあり、好評を博しました。当時、ロンドン航路の花形貨客船であった「照國丸」「靖國丸」を利用した延べ8航海には、合計1,079人の乗船記録が残っています。
 蒔まき絵えなど日本調の船内装飾を多分に取り入れた両船で、船客たちはきっとオリエンタルな雰囲気の船旅を満喫したことでしょう。
 * 1924(大正13)年、上海〜シンガポール9日間の一等船室運賃は21ポンド



Back Number 日本郵船歴史博物館

社内報「YUSEN」
2005年9月号

【表紙のことば】
助産師と自転車。NYKグループが無償輸送した自転車が、アフリカで母子の命を救っている。