本場よりおいしいと外国人客に太鼓判を押された 「ウインナースニツェルNYK風(仔牛のカツレツ)」
戸のトアロード沿いにある西洋料理レストラン「ハイウェイ」のメニューには、「ウインナースニツェルNYK風」「ピローフォールNYK風」という文字が並びます。同店の2代目店主は、かつて当社サンフランシスコ航路船「浅間丸」でコックをしていた大東八郎氏で、NYK仕込みの行き届いたサービスと素材を生かした料理で、「ハイウェイ」を神戸を代表する名店にしました。阪神・淡路大震災後に再建された現在の店舗は同氏の孫娘夫婦が経営していますが、今もなお誇りを持って当時のメニューを伝えています。
 「ハイウェイ」は、昭和7年(1932)に谷崎潤一郎や小出楢重らの出資で開店しましたが、これは彼らのパトロンであった大阪の綿布問屋(通称「根津清」)が経営危機に陥ったため、その窮状を救うことを目的としたもので、店名も谷崎が命名しています。そういう関係で、初代店主の大東正信氏は谷崎の小説「細雪」の四女、妙子の恋人のモデルにもなりましたが、開店翌年に病で他界したため、兄の八郎氏が店を継いだのです。
発起人たちがお店を貸し切りで利用してお金を支払わないなど、肝心の「根津清」救済どころではなかったようですが、その味は地元の人たちにも高く支持されました。中でも谷崎のお気に入りはオニオングラタンスープで、晩年京都で病床に伏した折には、わざわざ取り寄せたといいます。
 NYK伝統の味とともに、「店で働く人と客、すべてがシェフの目が届く範囲にあるのが一番」という谷崎の言葉が生きている、歴史あるレストランです。

店内の様子。
テーブルには純白のクロス


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社内報「YUSEN」
2002年10月号

【表紙のことば】
 たくさんの買い物を、毎日しているのだろうか。お店の人と会話を楽しみながら、美味しくて安いものを買おうと懸命だ。両手に持てるだけの食べ物を提げて、家路を急ぐ。マンマ(お母さん)の腕はたくましい。イタリア・ボローニャにて

(グループ会計グループ 遠藤明子)