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「氷川丸」に行ってみよう!! vol. 2

80歳おめでとう! キャプテン ハマー 氷川丸生誕80周年
日本郵船氷川丸生誕80周年

4月25日、山下公園(神奈川県)に係留されている日本郵船氷川丸が80歳の誕生日を迎えました。1930年の竣工以来、約30年間洋上で活躍した「氷川丸」には2万5,000人を超える人々が乗船しました。竣工当時の姿が再現された船内で、当時の様子に思いをはせてみませんか?

「氷川丸」と留学生

1953年、12年ぶりにシアトル航路に復帰した「氷川丸」

「氷川丸」は戦後、貨物船として活躍していましたが、53年に82の客室に276人を収容できる設備を整え、シアトル(米国)航路に復帰。本格的に客船業務を再開しました。引退する60年までに、フルブライト米上院議員を中心につくられた教育留学制度の留学生2,500人、学生の交換留学を中心に国際教育交流を実現するボランティア団体American Field Service(AFS)の留学生353人、私費留学生などが数多く乗船。その若々しくにぎやか様子は「さながら米国留学船」と新聞で紹介されたほどでした。留学した皆さんは現在も、各界で活躍しています。

留学生による「氷川丸」の思い出を紹介します。
人生の方向を定めた「氷川丸」の2週間

登 誠一郎さん(AFS 6期生、59年乗船)

2009年9月27日、60歳代の後半になった24人の元若者が「氷川丸」に集合した。多くの者にとって50年ぶりの「氷川丸」との再会である。

時はさかのぼって1959年の9月初め、全国から選抜された約70人の高校生がAFSによる1年間の米国留学のために、横浜港から「氷川丸」で船出した。シアトルに到着するまでの2週間、われわれは狭い三等客室を抜け出して寒い甲板で毛布をかぶり、まだ見ぬ希望の土地米国に思いをはせつつ、深夜まで語り合った。この経験は固い友情をはぐくむとともに、いかなる困難にも立ち向かおうという不屈の精神を植え付けた。

1年後に帰国したわれわれは大学進学を経て学界、経済界、官界などの道を歩み、それぞれの分野で日本の発展および国際交流のために尽力した。そして多くの者にとって社会の第一線から身を引く時期を迎えて人生を振り返る今日、われわれを支えてきたバックボーンが「氷川丸」での2週間の貴重な経験であると確信し、装いを新たにした「氷川丸」にあらためて乗船した感慨はひとしおであった。

グループ報「YUSEN」2010年5月号表紙

グループ報「YUSEN」
2010年5月号No. 633
【表紙のことば】
いざ、大海原へ