日本郵船歴史博物館・日本郵船氷川丸

  • 文字サイズ
  • 大
  • 中
  • 小
  • English

携帯用サイトはこちら

ホーム > 買う・知る・楽しむ 船の世界 > 船の歴史 一覧 > 氷川丸


買う・知る・楽しむ 船の世界

船の歴史船の歴史

vol1 氷川丸
氷川丸 主要目
建造所 横浜船渠(株)(現 三菱重工業(株)横浜製作所)
全長 163.3メートル
総トン数 11,622トン
主機 B&W複動4サイクルディーゼル機関 2機2軸
スピード 18.38ノット
船客 一等 79名
二等 69名
三等 138名
合計 286名

昭和5年にシアトル航路用に建造された貨客船です。当時の最新鋭大型ディーゼル機関を搭載し、水密区画配置など先進の安全性を誇っていました。一等公室にはフランス人デザイナーによるアールデコ様式の内装が施され、太平洋戦争前には、秩父宮ご夫妻、チャーリー・チャップリンをはじめ、約1万人が乗船しました。

その後、戦雲ただならぬ中、政府徴用船、および海軍特設病院船となり、終戦までに3回も触雷しましたが、日本郵船の大型船では唯一沈没を免れたのです。

戦後も引き続き病院船のまま復員輸送に従事し、昭和22年に復元工事で貨客船に戻り、国内航路定期船、後に外航不定期船、昭和26年8月からはシアトル・ニューヨークおよび欧州航路定期船に就航しました。  昭和28年には内装をアメリカンスタイルに改装し、シアトル航路に復帰、フルブライト留学制度での渡航者約2,500人を含む乗客、約1万6,000人を輸送し、活躍しました。

昭和35年、船齢30年に達し、同10月シアトル、バンクーバーから神戸に帰港、係留地横浜への回航を最後に第一線を退きました。

太平洋横断254回、船客数は2万5千余名。

引退後は、係留地横浜で多くの人々に親しまれ、竣工78年目にあたる平成20年4月25日、「日本郵船氷川丸」としてリニューアルオープンしました。

平成28年8月には重要文化財に指定されました。

line
【関連リンク】日本郵船の歴史コラムでは、さらにくわしく氷川丸の歴史について解説しています。
歴史の生き証人「氷川丸」~その1~
歴史の生き証人「氷川丸」~その2~
歴史の生き証人「氷川丸」~その3~
歴史の生き証人「氷川丸」~その4~(最終回)