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日本郵船の歴史

第四章 海運からメガキャリアヘコンテナ事業が変身の第一歩に
コンテナターミナル
クリスタル・セレニティー

専用船による原料輸入で産業界に大きく貢献しながら、製品輸出でも日本郵船は他の海運会社に先駆けて新たな戦略をスタートさせた。定期船のコンテナ化である。コンテナ化により、荷役時間の大幅な短縮、トラックや鉄道に直接積み換えての内陸一貫輸送の実現など、従来の海上輸送の枠を越えて事業領域が広がった。また、大型で速力もあるコンテナ船は在来貨物船に比べて3〜4倍の輸送能力をもつ。が、コンテナ船の建造、コンテナターミナルを含む港湾設備の整備や運営などに多大な投資が必要だ。それでも日本郵船は主要航路のコンテナ化を経営多角化の最優先課題とした。

1960年代後半から北大西洋航路に導入された事例を調査・研究をしたうえで、日本郵船は1968(昭和43)年に北米西岸航路に日本初のフルコンテナ船「箱根丸」を就航させ、コンテナによる定期輸送を開始する。その後、豪州航路、欧州航路、ニューヨーク航路と着実にサービス網を広げる一方、国内では京浜、阪神に続き横浜本牧、大阪南港、神戸ポートアイランド、東京大井にコンテナターミナルを建設していく。

コンテナ化の効果は一目瞭然だった。在来船では神戸・名古屋・東京・ロサンゼルス・オークランドを周回するのに80日かかっていたが、フルコンテナ船の箱根丸は、停泊日数短縮、スピードアップでわずか30日に縮め、船舶の回転率を大幅に向上させた。

コンテナサービスのネットワークを世界の主要地域に完成させた1970〜80年代にかけ、日本郵船の多角化と国際化は一気に進む。1973(昭和48)年にはフランクフルト証券取引所に上場し、2年後には海運会社初の外債(マルク債)を発行、海外金融市場からの資金調達の道を開いている。

コンテナサービスの深化につれて陸・海・空すべての輸送を結んだ一貫輸送が求められるようになり、日本郵船は全日空や他の海運会社三社とともに1978(昭和53)年、日本貨物航空株式会社(NCA)を設立した。

現在、日本郵船は世界各地に事業拠点をもつ総合物流企業グループへと変貌をとげ、定期船、不定期専用船、物流、客船の各部門でトップクラスの実績を誇っている。新規事業への進出と組織変革は「二引の旗章」の心を引き継ぐとともに、新しいグループの統一ロゴマーク「ダブル・ウイング」を胸に掲げた次の時代のメンバーたちによって、今後も書き綴られていくに違いない。

日本郵船横浜支店

Episode4 海とともに生き、船とともに発展を重ねてきた日本郵船 その航跡

ギリシャ神殿を思わせる外観の日本郵船横浜支店“横浜郵船ビル”は1936(昭和11)年の建設。この建物を改装し2003(平成15)年6月、「日本郵船歴史博物館」としてリニューアル。常設展では全長3m60cm、実物の48分の1という迫力ある豪華客船「浅間丸」「鎌倉丸」の模型等が展示されている。特別展やイベントも企画され、大人も子どもも楽しめる“海のスミソニアン”ともいうべき新しいスポットとして生まれ変わった。

関連リンク:沿革